すべての人が救われる道/つながる医療と仏教

すべての人が救われる道

田畑たばた 正久まさひさ 佐藤とよかわクリニック 院長

 仏教のさとりの内容は、縁起の法、くう無我むが無常むじょう等と示され、すべての人がその「法」を知る、知らないの別なく、その法を生きていることを知らされます。「法」を無視した人知のはからい不自然になりがちになり、必ず「自然」へ揺り戻されます。その摩擦・きしみが人生の苦悩、空過くうか ・不安を引き起こしているようです。
仏教の知識を、医療で利用できないだろうかと考える人は多いのですが、仏教の教えに触れるようになると、必ず考え違いをしていたと目覚めることでしょう。念仏の心に触れると、自分自身が仏の智慧(鏡にたとえられる)に照らされて、心の内面(浅さ、狭さ、とらわれ)、深層意識、煩悩性を知らされ、人間を観察する仏智の洞察の深さ広さを知らされます。そして仏の智慧(無分別智むふんべっち)の大きさは、分別思考を包含して、人知を超えて、質を異にしていることに驚かされます。
医療者が仏の智慧に触れると、日常の患者との対話で患者の発言の背後に宿されている意味や苦悩を感得して、生死しょうじ(迷い)を超える道への広さ、深さを知るとともに、柔軟な包容力を身に付けることができ、日常診療での隠し味のように、仏の智慧の一面が発揮されると思われます。
医療の救いは、病気が治癒する、あるいは種々の治療法で管理できることです。それに対して仏教の救いは、「自分の人生に心から納得できる」世界です。それは病気のくなる、ならないに関係なく、存在の満足へと導かれることでしょう。仏の智慧は無分別智ですから、分別ではバツ要因・マイナス要因が私を苦しめると考えますが、転成てんじょうの智慧によって自分を取り巻く事象がすべて意味があると受け取れる世界に導かれます。
念仏の心をいただく者は「無礙むげ一道いちどう」(『歎異抄』第7条)を歩めると教えられています。また無分別の世界を知ることで、「人生はやり直しはできないが、見直しはできる」「これからが、これまでを決める」の言葉のように、人生を見直される世界を知ると、医療者自身も患者も、人生への対応の広さ、多様性に気づかされます。そしてすべての人が救われる道のあることに目覚め、願いを持って、一緒に歩んでいきましょうと働きかける道へと導かれるでしょう。(おわり)

大乗2025年7月号掲載