宮﨑 幸枝 みやざきホスピタル 副院長
みやざきホスピタルは、茨城県の精神科単科病院230床で、半数ずつ急性期と療養型病床の患者です。1993年から「ビハーラの会」と名付けて月1回、本願寺派の僧侶による法話会を続けているためか、2015年の西本願寺医師の会の立ち上げ会議に呼ばれました。医師の会の初期の懇親会では医師同士のご法義話が楽しみでしたが、その後、西本願寺医師の会とは名ばかりで、聴聞していない医師が多いことを知り、参加の意義に疑問が生じています。
私の聴聞との出会いは大学時代。幼少時から気にかかる難題・自身の解決にふと思いが向いた大学4年の時、広告で知った築地本願寺に電話してみると仏教青年会を教わり、
桐渓順忍和上や清胤徹昭師から聴聞すること3年。医師になると米国や栃木県に移住で聴聞できず、40歳代半ばにやっと東京に戻り聴聞再開。内容の充実を求め1989年に独自の築地本願寺YBA-Sを発足。講師を自ら依頼し本格的聴聞を再開。その3年後、稲城選恵和上、深川倫雄和上との出会いにより1992年10月、ついに阿弥陀さまに出遇わせていただき、人生の解決(信心)に歓喜しました。すると直後に当院内で本願寺派僧侶による法話会「ビハーラの会」を思い立ち、一部反対の中でも頑張りビハーラを続け今日に至っています。
人生の解決をいまだ持たない精神科患者や当院職員共々に真宗の本願他力の仏法を聴聞させてあげたい。するとついに統合失調症、躁鬱病患者の中に一人また一人と信心に出遇い、それを目の当たりにした看護師、職員にも妙好人が出てきて驚喜しました。仏法を聴き阿弥陀仏に遇い信心いただいた念仏者は生涯聴聞生活を続け、人生の解決が済んだ自身をよろこび自由を楽しむのです。
昭和の東京大学総長・矢内原忠雄先生が東大医学生に講演をした時「すべての医者は坊主でもあれ」と言ったと、後に鴨下重彦東大小児科教授が書いておられました。その言葉に「これだ! 私の言いたかったことを矢内原先生は一言で言ってくださってあった」と感動しました。「お浄土があるよ 心配ない」と救いを言い切れる本物の解決を言える医者で坊主が必要。本当は
最期まで患者(人)は救われたいものです。実に大問題は、多くの医師自身が死生の解決を済ませていないことでしょう。チャプレン制度導入のない日本も「医者が坊主」であれば米国並みの医療が完結できます。患者さんが最期に「先生 有り難う。お浄土で待っています」の声に親族、医療者も救われます。
大乗2025年10月号掲載