二足のわらじ/つながる医療と仏教
二足のわらじ

私は浄土真宗の寺院に生まれ、大学に入学するまでそこで育ちました。父は祖父の強い勧めで、寺院の裏に小さな内科医院を開業し、住職と医師の二足のわらじを履く生活を営んでいました。私の幼い頃、両親の仕事が非常に忙しく、熱心な仏教者であった祖父にかわいがってもらいました。
「仏さまと神さまはどちらが偉いの?」「神通力って何なの?」などと、私の素朴な疑問にも祖父がニコニコと笑いながら丁寧に答えてくれるのがうれしくて、祖父と一緒に居る時間が大きな楽しみでした。
私が10歳の時、その祖父が亡くなりました。両親はますます忙しくなり、その頃から自分がお寺も医院も継がねばならないという、周囲の無言のプレッシャーを感じるようになりました。
医学部に入学して少し心は軽くなり、とにかく今は医学・医療の道に邁進しようと心に決めました。そして私が40歳頃、父が認知症を発症しました。そのためお寺の法務を私が執り行うようになり、度々自坊に帰ることとなりました。勤務していた大学病院を辞し、たまたまご縁のあった西本願寺あそか診療所にお世話になることになり、父とはまた違った医師と僧侶の二足のわらじを履くことになりました。
その際、本山や龍谷大学のさまざまな方々とお会いできる機会をいただき、生涯の師となる先生と出遇う有り難いご縁をいただきました。2009年には、現在勤務している医療系大学から声をかけていただき、教育という新しい現場で働くことになり、医師、僧侶に加え、教育者として一歩を踏み出し、現在に至っています。
西本願寺医師の会とのご縁は、発起人の一人として参加したことから始まります。寺院関係の医師の方は全国的にもかなり多いことは確かですが、先生方はそれぞれ医療と仏教の考え方に大きな差異があり、共通した方向性を打ち出すことが非常に困難であるというのが現実ではないでしょうか。西本願寺医師の会が〝医療と仏教の架け橋〟になるためには、基本に返り、会員がそれぞれの考えと経験を土台としてお互いに学びあい、忌憚のない意見を交わすことのできる場にすることが必要だと考えます。(つづく)