精神科臨床を通じてみ教えに遇 う/つながる医療と仏教
精神科臨床を通じてみ教えに

私は石川県の寺の長男として生まれましたが、大学卒業後は実家を離れ、東京の病院で消化管を専門にしていました。転機が訪れたのは、留学先で仕事上の挫折や同時多発テロを経験したことでした。どうにもならない現実に直面し、心の世界について学びたいと思い、精神科に転向しました。
転向して20年ほど経ちますが、精神の病気への理解はこの間にも大きく変わったと思います。心身の問題は、周産期や小児期における逆境体験やトラウマが関与していることが明らかになり、精神疾患のほとんどがトラウマの文脈で理解できるようになったのです。日々の診療においても、苦悩の背景に過酷な幼少期や親子の物語をみることができます。そのたびに私は「
私が出会う患者さんの多くは、過酷な幼少期において不安があっても周囲に受け皿がなく、自分独りで対処せざるを得ませんでした。これを自力救済といいます。独りで安全を得るために、周囲への警戒心を強め、他者の評価や期待に敏感にならざるを得なかったのです。そして、自己の意志や理性を信奉する現代社会の風潮をひときわ内在化し、それらを頼りに孤独に対処してきました。これは患者さんに限らず、現代人に共通する苦悩のありようといえます。
さて、トラウマを背景にもつ代表的な病気の一つに依存症があります。かつて心理学者のユングは、医学的治療の限界を述べ、その回復には宗教的体験が必要であると言いました。その言葉が、アルコーリック・アノニマス(AA)の創設につながり、最近ようやくその効果に関して強固なエビデンスが示されました。興味深いことに、AAにおける回復のメカニズムには、浄土真宗の救いの構造に通じる点が少なからず見出されます。その要は、自身の有限性を見つめることで、自力を離れ、他力に帰すところにあると思います。ポリヴェーガル理論といった神経生理学的な視点からも、他者や世界と安心してつながることがトラウマを癒す、ということが明らかになってきました。
大乗2026年3月号掲載